ア・ラ・カルト
すっかり秋めいてきました。
このところ爽やかなお天気が続いて、嬉しいかぎりです。

さて。

☆隠す、隠さない?
夫が、温泉などでは前を隠すのがマナーだと言うので、「えっ、そうなの」と。
いやぁ、ジムのお風呂や今まで行った温泉の光景を思い起こすと、少なくとも女湯では「隠さない」なー、と。私もそんなに周りをじろじろ見ているわけではないのですが、隠したりしない人が多い印象。というか、女の場合、どうやって隠すの?上も下も隠すとなると、タオルをびらーんとたてに広げて持たなきゃいけなくて、それってなんか大げさな感じ。すごくまれにやっている若い女の子がいたりもするけど、自意識過剰っぽく見えてこっちが恥ずかしい。それに、女湯には小さい子を連れて入っているお母さんなんかもいて、そういう方は隠してる余裕なんてないし。ま、とにかく女湯は堂々としてますわ。髪や身体を洗ってるとき、もうどうしたって完全には隠せないもんなぁ。そこは開き直りがあります。でも、男湯って違うんだ?そりゃあなー、隠すとこひとつだもんなー。うまくすればさりげなく隠せる。案外、そこにはフクザツな心理があったりして。
そういえば、まえに行った三朝温泉には、誰でも入れる混浴の露天風呂があって、それがもう囲いなんてないから他人に丸見えなんです。あれは驚いたわ。おじさんたちが数人、入ってるのを見ましたが、実に大らかな感じでしたね。いやもう、ギョッとしたっていうか。そこは隠せよ、みたいな。外国人が見たら、日本のこういう文化ってどうなんでしょうね。感想聞いてみたい。お国柄によって違うんだろうけど。

☆スムージー
お姑さんが健康のためにもう二年も続けている朝のスムージー一杯。厳密なグリーンスムージーじゃなくて、果物でも野菜でもミルクやヨーグルト、なんでも入れてミキシング。ノンカフェインだし、お通じによさそうだし、ちょっと真似してみるかとミキサー買いました。タイガーのミルつきミキサー。洗いやすさで選びました。

ネットで調べてみてびっくりしたのは、なんだかグリーンスムージーが宗教みたいだってこと。あれを入れるな、これは混ぜるな、酵素がどうこう、飲む時間帯がどうこう・・・初めて飲む人は湿疹や熱が出るなど、「身体の毒素を排出してキレイになるための好転反応」がある場合がある・・・なんて、なんだか怖い。それ、たんに身体に合ってないだけかもしれないのにね?(好転反応って言葉、個人的には信じられないんですよ。昔、基礎化粧品買い代えたら吹き出物ができて、お店のおねーさんに同じこと言われたんだけど、結局、皮膚科にいく羽目になりましたから)
そんな難しいもんじゃなかろうと思いますよ。生で食べられるものを、いくつか好みで合わせてミキサーにかけるってだけなんだし、お姑さんは全然こだわってなかったけど。まー、たかがスムージーじゃない。スムージーばっか飲んでたら、歯を使わない習慣ってどうなの、とか、皮ごとつぶしたら残留農薬を食べることになるかも、とか、そういうことのほうがむしろ私は気になるんですけど。
今日は、バナナ、リンゴ、にんじん、牛乳、レモン汁、氷で甘くトロっと。カロリー計算したら一人ぶんが100ぐらいなので、けっこう腹持ちいいですよ。午前中は間食しなくてすむ。
簡単なので、飲み飽きるまでは続けると思います。

☆連載モノは引き伸ばしちゃダメ
これは小説より漫画に顕著なんだろうけど、人気が出た連載がそろそろ終盤にさしかかったときの、なんていうか、引き伸ばし工作が作品をダメにしてるって思いますねぇ。作者的には、頭の中でさくっとでもじっくりでも構想ぐらい練ってると思うんですよ、こういうふうに始めて、こんなふうに終わろうって。だけど、それまで面白く読めていたのに、もうそろそろ終わりかってころ、急に読者おいてけぼりの「はぁ?」って展開だらけ、なにがなんだかでぐだぐだ。・・・単行本になったときの作品の完成度なんて、考えてないの?そのとき雑誌が売れればいいわけ?モノを創る人って、そんなふうに割り切れないと思うんだけど。作品としてのまとまり、整合性、いきおい、印象深さ、そういうのが大事でしょ。
人気の「黒子のバスケ」も最後の試合、そんな感じで終わったし、今、現在進行形で「NARUTO」がひどい。マトリョーシカみたいにつぎからつぎへと敵が現れるんだけど、なんかやっつけ仕事にしか見えない。ラスボスはマダラでよかったと思うし、いまさらサスケにあんな頭の弱い子みたいな病み堕ちさせる必要あるの?マジわからない。どーせ、おばさんに読んでもらおうと思ってねーよってとこでしょうけど、おばさんは気が長いんだな。だからまだ我慢してるけど、コドモはとっくに見限ってるんじゃない?だって、わかんないんだもん。「進撃の巨人」もクーデター編は不評みたいだけど、あれはあれで、物事をちがう面から捉えた展開ってことで、ずるずる引き伸ばしてたわけじゃない。今後、まだ期待もてますね。
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生きてます。
ずっとブログの更新をしてなかったのですが、生きてます。
この夏、長らく大阪の夫実家にお世話になってます。

いやー、去年から良くなったり悪くなったりしていためまいが、七月のはじめの台風接近でまた悪化して、これはもう、一度、ちゃんとした「めまい外来」で診てもらおうと、大阪に滞在してたんですね。
めまい外来で有名なその病院はやたら混んでいて、予約を入れて待つのに日にちもかかりました。で、行ったら行ったで、徹底的に調べられました。頭部MRIやら頚椎や背骨のレントゲン撮影、血液検査、聴力検査、平衡感覚を測定するなど、ほんとにいろいろやりました。でも。それだけやっても、原因わからず。したがって、これといって打つ手なし。しいていえば、肩こりや眼精疲労、寝不足、過労などに注意すること・・・どんな病気でも当たり前ですよね。
んー、どこも悪くないってのはいいことなんですが、なんかもう「やっぱりな」って感じで。いつもそう、何かこれという原因があって、それを何とかすればいいって病気にはならない。なんか原因のわからない、それこそ不定愁訴っぽいことになる。もうね、これは自分でしばらくつきあっていくしかないなと。突然ものが食べられなくなったときもそうでしたが、神経のせいだと。自律神経。去年の春に卵巣の手術をしてからなので、それも関係あるかと婦人科にも行ってみました。で、なんか寝汗やほてり感などもでてきてたので、血液検査の結果、更年期障害と認定してもらい、思い切ってホルモン充填療法に踏み切りました。なんとなく怖い印象あったんですが、合わなければやめればいいからって女医さんが軽く言うので、じゃーやってみようと。そしたら、汗やほてりに関しては二週間でおさまり、一ヵ月半たった今では全然問題ありません。肝心のめまいに効くかどうか気になっていたんですが、これは不明。あまり関係ないみたいな気も。まあでも、ホルモン充填療法、今のところ身体に合っているし保険もきいて安価だし、これはこれで骨粗しょう症などを予防できるらしいですから、続けようと思います。

しかし。
この夏は、びっくりするようなニュースばかり。
台風関係もそうでしたが、個人的には、号泣議員騒動、小学生女児監禁事件、佐世保の同級生殺害、小保方氏の上司の自殺・・・びっくりすることがありすぎて、なんだか佐村河内の嘘つき会見がもう可愛く見えてくる感じです。
中でも猟奇的な同級生殺害事件は、高校生の女の子がまさかそんなことまでって感じで衝撃的でした。親のこともいろいろ言われてますが、同じような環境で同じような育てられ方をしたとしても、ほとんどの場合あんなことまではしない子に育つと思いますし、何が彼女をそうさせたのかっていうのは「心の闇」なんていう手垢のついた言葉では語れないものがあるんじゃないでしょうか。
けど、ああいう残酷なことをしでかすにもプロセスがあって、多くの犯罪者が、人に手をかけるまえに、まず猫などの小動物を虐待したり殺しているっていうのは考えさせられます。
いや、共感力っていうのか・・・

うん、たまたまこのまえ城崎マリンワールドに遊びに行って、久しぶりにイルカショーとか見たんです。そしたら、すごくやっぱり可愛いし、頭いいなぁって思うんですよ。それこそうちのオコタンより頭いいんじゃないかって。でも、世の中にはイルカ食べる人もいるわけです。それこそ犬だってすごく頭いいしイルカよりもっと人間に身近だと思うけど、食べる人たちもいるわけです。
可愛いから、頭いいから食べないでっていう気持ちになるのもわかりますが、それなら子豚だって可愛いし、ニワトリの雛だってものすごく可愛い。可愛いで食べる食べないを線引きできない。頭いいのだって、猫は残念ながらイルカほどちゃんと芸を仕込んだりできないようだけど、なら食べてもいいんだっていう話にはならない。
いや、食べる食べないと犯罪は話が違うんですが、知的好奇心でもって解剖するのと、狭いところに閉じ込めて食べるためだけに大きくするのと、どっちが動物にとっての虐待っぽく見えるかってことなら、どっちもどっちかなって。栄養素的に食べないと生きていけないっていう以上に、もはや「食べたいから食べてる」という先進国の現状もあります。あー、でも、そういうところに思いをはせるというか、ごめんね、でも食べたいの、という気持ち、食べられる獲物に対する共感っていうか、憐憫みたいなのを感じられるかどうかは、けっこう大事だと思うんです。ほかの命に対する、なんていうか、感受性。そういうのは大人になるにつれ育っていくものだと思いますが、それがあったら、人を殺して切り刻んだりできないはず。
だけど、その線引きというのは、あいまいだから。
路上をつらなって這うアリの生に思いをはせられる人もいれば、自分以外の命には何の敬意や親しみも感じない人もいる、ということでしょうか。
まあ、これは私の線引きですが、最低限、自分の同胞たる人間の命は尊重しないといけない、それは最低限、特別視しないと駄目だと思います。そうでないと、やはりなにか狂ってる、そう感じます。多くの人は、その最低限に行く前に犬や猫や小鳥などの段階で共感力を発揮して、命を尊重している、ということなんですけれども。
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金沢きらきら旅
先日、三泊四日で金沢へ行ってきました。
夫は仕事ですが、私は観光です。
いやぁ〜、金沢はええとこやった〜。食べ物がおいしい、街もきれいで安全、観光スポットたくさんあって飽きない、もう超おすすめしちゃいますね、金沢旅行。夫に「おまえは僕の出張についてくる『金魚のフン』やねんからな、立場わきまえろ」とか嫌味言われながらでも行ってよかったです。

大阪からならサンダーバードという電車で一本です。約二時間四十分くらいですか。けっこう近いと思いました。私は、はるか昔、行ったことあるんですけどね、そのときはたぶんツアーか何かだったので、印象薄かったんです。兼六園をちょっと見たくらいで。輪島の朝市とかのほうが記憶に残ってます。今回、輪島に行ってもいいなと思ったんですが、金沢から輪島まではなんと電車がなくて、高速バスで二時間かかるんですよ。んー、金沢だけでじゅうぶん見るとこあるしなぁってことで、そっちは見送りです。

食べ物はほんと、何でもおいしいっていうか、全体にクォリティ高いです。関西ふうの薄味で、私には合うんです。海の幸、野菜なども新鮮です。ただの水道の水もおいしい。居酒屋だろうが、デパートのレストランだろうが、そのへんのビストロだろうが、すし屋だろうが、値段に対してクォリティ高いっていうか、コスパいいっていうか。そりゃーね、お金だしたら大阪でもおいしい店はたくさんあるし、和菓子も懐石料理も一流どころはみなおいしいでしょうけど、そのぶん高いとか混んでるとかいろいろありますよね。でも、金沢ではふつうにふらっと入った店でも、安くておいしい印象です。味もさることながら、盛り付けもいちいち綺麗です。やはり加賀百万石の歴史というか、文化のなかで培われた美意識が根付いてるといいましょうか、地方観光都市の模範みたいなところだなぁと思いました。

小京都と呼ばれるように、まあ、確かに京都っぽいんですが、規模がぜんぜん違うので、もっとフレンドリー。なんかね、京都は誰が何を宣伝しなくても、それなりの歴史、貴重な文化財がたくさんあるので、勝手に人が来て、勝手にお金を落としてくれるでしょ、だからか、なんとなく「気位が高い」んですよ。けど、金沢はいい意味でプライドは守りつつ、お客に対して「もてなしの心」を表現するのは上手いような気がします。

兼六園は、ちょっと期待はずれでした。今の時期行っても、あまりフォトジェニックじゃないんですよ。桜や梅、はっきり花の季節なら、庭ですから、綺麗だと思いますが、梅雨に入りかけの時期って、散策にも撮影にも向いてるとは思えません。それに、日常的に散策するとか、茶店で一服するとか、そういう楽しみ方をするならともかく、庭として見に行っても、私の好みじゃなかったです。ちょっとずついっぱい詰め込みました的な?
奈良や京都にはたくさんの社寺があり、庭もいろいろ。紫陽花やバラの有名な庭、枯山水、紅葉の似合う庭、それぞれに個性的で完成されてるんですね。で、春にはどこの庭、秋にはどこ、というように一番美しく完成された姿を見に行く。私にはそういうのが当たり前な感じで、外国人にウケのいい日本庭園、あれこれつめこんで、こぢんまりとあっちもこっちもきれいです、みたいなのは、結局どこも中途半端な気がします。主観ですが、兼六園は冬、雪が一番合うかもって思います。金沢は雨が多くて天気が変わりやすいところ。桜やあやめ、つつじなどは花びらが傷みやすい。綺麗な瞬間というのは短かいでしょう。やはり、まあ、日本海側ですから雪が似合うんじゃないか、と。

女性なら絶対楽しめそうなのが、茶屋町。
それこそ祇園のミニチュア版みたいなところです。が、金沢では御茶屋もとってもフレンドリー。女の人が喜びそうな和カフェや綺麗なお土産屋さんがたくさん。
金沢って金箔で有名なんですね。99パーセントの金箔が金沢でつくられてるそうです。だからか、あるわあるわ金箔入りのアクセやコスメ、金箔入りのお酒やコーヒーやケーキ、果ては金箔まぶしたソフトクリーム!ちょっとやりすぎじゃないってほど、金箔づくし。あっちもきらきら、こっちもきらきら。予約を入れれば金箔を自分でお箸や手鏡などに貼り付ける体験などもできるところがあります。

もう、金沢みやげは金箔モノで決まりです。
軽くてコンパクト、なのにゴージャス、遊び心があっておすすめなのが、食用金箔。お酒やお茶に入れたり、ゼリーや羊羹に散らしたり、いろいろ使えると思うんです。なんなら化粧品に入れてもいいだろうし。私も実際にお土産として買いました。あげた方は女性ですが、好評みたいです。
こんなの通販でも売ってるんだろうなと探してみたら、やっぱありました。食用金箔。

自分でどうしても買いたいってほどじゃないけど、もらったら嬉しいって感じですよね。

あー、金沢はよかった。
また行きたいと思います。今度は九谷焼とか輪島塗とかそのへんも欲しいなぁ。そういうものを扱ってる店がたくさんあって、のぞいてると目の保養になりますよ。お天気はちょっと不安定だったけれど、すごく満足できた旅でした。
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お弁当でダイエット!
最近、夫のお弁当つくってます。
といっても、まだ十回にも満たないですが。

うちの夫、朝わりと遅いんです。で、ある日、朝食もおわったし、なんとなく暇だから、ふと弁当でもつくってみるか、と思ったのがきっかけ。ただの気まぐれです。何の目的もないんです。時間あったし、食材あったし、どうせ自分もお昼に何か食べるんだから、今つくって、それを弁当にすればいいんじゃない?と。
私、自慢じゃないですが、夫にお弁当つくってあげたことって、過去に「あったかなぁ」と記憶もおぼろげになる程度しかないんです。夫にでなくとも、自分で自分のお弁当つくったこともあんまりない。べつに、料理できないわけじゃないです、たぶん、普通にできてます。ただ、お弁当って、作ってすぐ食べるわけでなく、容器に入れて持ち運ぶわけだから、汁物や麺類は駄目とか、冷めても食べられる、すぐには傷まないもの、いろいろ制約あって面倒でしょ、夫や自分の職場に仕出し弁当を取れるシステムがあるとか、食堂があるとかだったら、そっちのほうがいいじゃないですか。夫の通ってる生協の食堂だったら、五百円も出せば栄養的にバランスのとれた食事ができます。温かいものは温かく、冷たいものは冷たいし。飽きないように、メニューもいろいろ変わっていきます。そんなこんなでわざわざお弁当つくっても、あまりメリット感じられないと思ってますから、ほんとに気まぐれですね。なので、いつまで続くかわかりません。

一日目、私がそんなすごい珍しいことをしたので、夫は喜んでくれました。お弁当箱もなかったので、タッパーに入れただけなんですが。でも、わずか三日目で駄目だし。肉がないとか、もっとメインになるものが欲しいとか。そのときつくったのがこれ。


チャーハンと卵焼きと、生野菜、ひじき入り煮豆、さつまいも。私ならこれで十分なんですけど。夫には物足りなかったみたい。

そうか、肉か、肉が欲しいんか、肉なら自分の腹周りに嫌ってほど巻いてるやん、ちったぁダイエットしろよ、デブが。と思いましたが、何しろ弁当づくりのノウハウなんてあまり知らないもので、PCで調べてみました。男子弁当ってどんなものか。結果、いやぁー、これはボリュームあるわ、なるほどーって。でも、夫に「じゃあ焼肉とか揚げ物入れてほしいわけ」と聞くと「そんなにカロリー欲しいんじゃない」って。カロリー控えめで、でも食べた気がして、見た目もよくて、おいしいもの。
・・・どんだけ注文多いねんっ、こっちは初心者やぞ!
けど、いろいろ調べていると、簡単にお弁当をつくるコツみたいなのがわかってきました。私は冷凍食品とかあまり好きじゃないので買いませんが、お弁当用に売ってるそういう冷食をセールのとき纏め買いしておくとか、これすごいアイディアと思ったのは、夕方になると半額になるお惣菜を買って小分けして自分で冷凍する技。へええーっ!お弁当用の冷食ってけっこう高くつくんじゃない?と思ってた私には目からうろこでした。
あと、別件で衝撃的だったのは、前日に残ったおかずをお弁当に流用する、これは巷では「残飯弁当」って呼ばれてるんですね。なんか残飯って。すごいネーミング。私は食べ残しが出るのが嫌なので、カレーなど以外は、ちょうど食べきれるだけつくるほうですが、ちょっとだけ多めにつくって冷凍するとか「おとりおき」しておいてもいいじゃないかと。残ったからって入れるわけじゃないので、それは「残飯」じゃないもんね。ブロッコリーなどもカットしてゆでたら冷凍しておく。なんだか冷凍ばっかですね。いいのかな、そんなんで。

暇だったから思いつきで始めた弁当作りですが、正直なとこ、そんな節約にもならないし、やっぱ食堂のほうがいろんな意味でいいと思います。でも、ダイエットにはなるかなと。だって、私がつくる料理ってわりとあっさりヘルシー系が多いのに、なんで夫は痩せないのかと常々疑問で、それはお昼にカツとか脂っこいものを食べているからに違いないんです。あと、帰りが遅いので、寝る前に食べる生活が太る原因。せめて昼食のカロリーを少しオフしてみたらどうかって。まー、弁当づくりは目的がないと続かないそうなので、ダイエットという点に絞ってやってみます。
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怠け者の私がスローステップをやってみた結果
昨日ふと思い立って、スローステップ運動をやってみた結果、筋肉痛で脚が痛いです。

去年から悩まされているめまい感とか、なんとなくずっと体調がすぐれないのは、やっぱり手術で卵巣一個とってしまったからじゃないかと思うんです。ホルモンバランスが崩れて、もとから弱い自律神経も狂ってしまったんじゃないかと。だって、手術後、一ヶ月してからすべてが始まってるんですもん。内科でも耳鼻科でも心療内科でもお手上げ状態で、もうそれくらいしか理由思いつかない・・・ということで婦人科に行ってみたら、「可哀想やが、どうしようもない」と言われ、ホルモン充填療法を勧められましたが、それはなんか抵抗があって最後の手段にしておきたい。ので、漢方薬と軽い運動でなんとかしてみようと。漢方は長く飲まないと効かないと思われ勝ちですが、合うとけっこう早く効き目を実感できます。まあ、合わないとどうしようもないんですけど。運動は、もうすでに「めまいには有酸素運動がいいらしい」ということが言われているので、今年からフィットネスクラブに入会して、プールで泳いでみたりしてました。

まあ、泳ぐのは好きだし、いいんですが、天気の悪い日などはどうしても外へ出るっていうか、そこへの行き帰りが面倒。また、スタジオでやってるエアロビのクラスなんか見ていると、あんなふうに身体を動かせたらいいのになー、楽しそうだなーと憧れつつ、今の自分には無理だと歯がゆさも感じていました。もっと自分のペースで家でも好きなときにできる楽しい運動があればなぁって思っていたところ、スローステップを知りました。いや、フィットネスにもステップのクラスあるんだけど、なんかちょっと本格的すぎるっていうか、もう少し簡単にやれたらって思ってたんですよ。で、身体をくるっとまわしてめまいを誘発するような動作が含まれてる運動は駄目だけど、単純な踏み台昇降ならできる、と。

さっそく家のなかで踏み台になるようなものを探したら、普段、高いところにあるものを取るために使ってる折りたたみ式の踏み台が、ちょうど高さ20cmで、ちょっとスペース狭いけど、簡単な昇り降りなら十分できるし、物は試しとそれを使うことに。たぶん、私のように小柄な人しかそんなことは無理で、ふつうに大きい人はちゃんとした台でやらないと駄目だと思います。
適当な音楽をかけて、まあ、一曲が約五分として五曲ぐらいやればいいかって、そんな感じでやりました。もちろん、曲に合わせるのでテンポはバラバラ(笑
ま、好きにやればいいやって。すごくいい加減です。
でもこれが。けっこう運動になる。
よく書かれているように、息が切れずお喋りできるくらいの強度なら、アップテンポの曲だと足踏みも取り入れたりして休まないと。ミドルバラードがちょうどいいかな。
そんなこんなで十分もやると汗びっしょりに。
暑いので着ているものを脱ぎ、タンクトップとハーフパンツという真夏スタイルで、もうあと二十分くらいやりました。

いやー、何この「身体動かしてる感」。
水泳って汗かかないっていうか、水の中なのでかいてもわからないでしょ。常に肌には水が触れてるわけだし。なので息が切れるほど泳いでも、運動したあとの汗だらだらで身体がカッカと燃える感じはさほどないんですよ。すくなくとも私みたいにのらくら泳いでると。でも、このステップは最初の五分でもう暑い暑い。こんな簡単な動作なのに、実はけっこう運動になってるのかも。いろいろ適当にやってますが、ああいい汗かいたなーって感じでした。
その結果、筋肉痛に。
上半身にはこないけど、脚にはめっちゃきます。それも水泳と逆かも?泳ぐと、肩とか腕が痛くなりますから。不思議というか、これまでと違うのは、ほら、歩きすぎると痛くなるっていうときとは場所が違うんです。裏側にくるんですよ。脚の前面じゃなく、うしろ。ももの裏とかビザ裏のちょっと下あたりとか。なんででしょうね。わかりませんが、普段は使わない筋肉を動かしてることは間違いなさそう。水泳と交互に続けてみようかと思ってますが、脚が痛い・・・これくらいならチョロイわ、と調子に乗るとコレですよ。でも、運動やった感、爽快な感じはするので、テキトーにがんばります。
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ほんとのことはわからない
このところ拡大し続けている「美味しんぼ」騒動。もう漫画自体は休載が決まったようですが・・・

原発事故から、もうはや三年、その間、たぶんいろんな物事が変わっていったんだと思うけれど、被災地から離れて暮らしていると、そのあたりのリアルなんてわかりようもないです。
被爆して鼻血が出るって、けっこう重い症状じゃないですか。しかも、感受性の高い子供でなく、そこにずっと住んでるわけでもなく、いい大人が取材のために一時的に福島を訪れた、というだけで、鼻血が出るっていう描写は、たとえ漫画的誇張だとしても、ちょっと胡散臭すぎるというか、常識で受け入れられる範囲を超えてるんじゃないかと、私個人は感じます。

「被爆→鼻血とか抜け毛」って、昔の漫画「はだしのゲン」のイメージですね。ああいうイメージをもっている人がたぶんたくさんいると思います。私たちの子供の頃は、反戦平和教育が盛んで、そういうコンテンツを読まされたり見せられたりしましたから。中には今思えば過激な資料などもあったので、私たちの世代は、かなり強烈なインパクトをもって、「放射能」「被爆」「鼻血」「抜け毛」「死の恐怖」・・・こういう単語なりイメージなりがごちゃっと一塊にトラウマ化してるように思います。なので、「被爆して鼻血」→「うわーっ、怖っ!」となるんですが、よくよく考えてみれば、原爆の爆心地付近で生き延びた人と、今回の福島原発事故周辺に住んでる人たちの状況って、まるで別。戦後の焼け野原ではなし、一応、いろんな技術も進んだ今なら各種検査もされているはずだし、ネット社会で情報筒抜けってところもあるので「福島では原因不明の鼻血を出している人がたくさんいる」とか、「取材やボランティアなどで福島に行った人の中で鼻血が出た人がたくさんいる」という現実があれば、もうとっくに誰かがツィッターや動画サイトやブログなどで公開して大騒ぎになってると思うんですけどね。

そりゃあ、あれだけの事故なんだし、今も収拾しきれてないんだから、付近住民の心身に与える負の影響は大きなものでしょう。いろんな健康被害が出ても当たり前って言うか、まったくないほうがおかしいと思いますが、なんでもむやみに「被爆のせい!」って怖がるのは違うと思うんです。ましてや、ちょっと取材に行っただけで鼻血出す描写とか、いくら漫画表現と言っても、読んでいる人が多い有名作品だし、その影響力の大きさを考えるべきでした。もっとも、作者にしてみれば、読者に対し、原発事故について真剣に考えてもらおうという目的があったのでしょうけど・・・福島に現在住んでいる人たちにとっては、この騒動、どういうふうに見えているんでしょうか。
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ペットショップの猫、その後
前に書いたペットショップの猫たちのことですが、まだ売れてないようです。先日、また見に行ったら、なんとGW特別価格で値下げされていたのが、また元の値段になってました。いやー、売れないんならこのまま下げておけばいいのに・・・と言ったら、隣で夫が、
「そんなことしたら店の信用なくなるやないか」
んー、確かにこの期間中だけ値下げってんなら、元に戻さないと駄目かもしれませんが、そんなの、年がら年中、閉店セールやってる洋服屋だってあるんだし、とにかく早く売れることが大事だと思いますけどねぇ。
古参組二匹は四ヶ月すぎてずいぶん大きくなってきました。もう子猫って感じじゃない。明らかにでかいし顔の輪郭や目の色も違ってきました(子猫の瞳はみんなグレーに近いブルーなんです)。
ガラスのこっち側で見ていた客の一人が、ボソッと
「あいつ。だんだん大きくなってきてるなー」
って、あなたも気にしてるんですか?買ってあげてくださいよ・・・

親元からショップに連れてこられたのが生後二ヶ月ぐらいの頃と仮定して、もうこの狭いガラス箱のなかでの生活が二ヶ月以上にもなるのかと考えたら、可哀想ですよね。ショップを開けてる間、ずっと照明にてらされて、遊んだり寝たりしてるとこだけでなく、トイレしてるとこなんかも遠慮なく見られて、たまには「買おうかな、ちょっと抱っこさせて」と言う客の手にホイと渡されたりして撫で回されたりもして、幼児期にこんな環境で育つなんて、ほんとにストレスたまるし心身の発育に良くないと思います。猫だって情操教育大切なんです。個体差もありますが、子猫時代の経験が、わりと性格に関係してくるようなので。

私はどんなに可愛く見えても「触らせて」なんて思いません。だってこんなショップでの飼育って、どれくらい手間をかけてるか健康に気配りしてるか、そこまで信用できないんです。一見してわからないような病気もってるかもしれないし、うっかりそんな猫に触って、うちのオコタンに何か感染でもしたら困る。うちのオコタンは一匹だけの完全室内飼いで、しかも機密性の高いマンション猫だから、内臓の病気はともかく、感染するような病気やら虫やらとは無縁に過ごしてきたんです。自分ちの猫が可愛ければ、よその猫にはむやみに触れなくなります。

それはともかく、ショップで「子猫のうちに値下げしても売り切る」姿勢があまり強く感じられないのは、いいことなのか悪いのか。
売れない猫がいる傍ら、新入りで来た生後二ヶ月ほどの子猫は、さっさと売れていったりしてます。やっぱ売れ残り組との違いは、大きさと愛らしさですかね。顔と身体の柄などが全体的にみて可愛いほど売れていく。売れ残ってるのは、言っちゃなんだけど、愛らしさが足りない。要するにぶさいく。
なんかピンときてしまいました。
「わかったわ。なんで値下げせんとこいつらがいつまでも置かれてるか」
「商売やからやろ」
「ちゃう、引き立て役や。こいつらがぶさいくやから後から入ってきた子猫がより可愛くみえて、そっちが売れるんやわ」
「・・・おまえ・・・そんなん言うたんなや・・・」
夫からだいぶ人間性を疑われましたが、そういう商法もアリかも・・・と。

まー、とにかく早くお金持ちの人に買われていってもらいたいものです。
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続・高野山の宿坊に泊まる
前の続きです。

さて、あの高野山界隈でたぶん一軒しかないであろうコンビニで、夜、私たちが見たものは!
宿坊で食事を出してくれたお坊さんが作務衣のまま、アイスクリームを選んでいた姿でした。いや、あのアイスを入れてる冷凍箱がちょうど入り口付近にあって、嫌でも目に入ったんですよ。
えっ、これ、なんとなく気まずいッ!
だって、ついさっき、
「ふだんはどんなものを食べているんですか」
「粗食ですよ、本当に質素な食事です」
なんてやりとりがあったばかり。
いやー、別にお坊さんが自分でアイス買って食べててもいいと思うんですけど、「粗食」って強調されていただけに、外で買い食いできるとか想定してなくて。せまいコンビニですから、まあ、お互いにちょっと会釈して、それだけなんですが、あんなとこで会わなきゃよかったと思いましたね。

高野山って、パワースポットだの聖地だの言われてますが、じゅうぶん俗っぽいところです。今回いろいろ見聞きして、嫌と言うほど思い知る結果になりました。
翌朝、六時半から勤行が始まります。まだ寒いお堂には、正座できない(したくない)人のために、椅子も置いてあります。人が十数人ほどしかいなかったので、私たちはその椅子に座ってお経を聞いてました。きちんと袈裟を着たお坊さん数人で抑揚をつけて歌うみたいに唱えるんですね。私たちは特に信仰心もないし、ものめずらしいなぁってだけですが、ちゃんと数珠をもって一緒に唱えている人もいました。それが終わったら、堂内の見学と住職さんのお話があったんですが、まあ、堂内の文化財などの見学はいいとして、住職さんのお話。これがお金にまつわる話ばっかなんです。重要文化財などもっているお寺は、それらを修復したりちゃんと保存しなければならない、もちろん国からもお金は出るけれども、お寺からも出さないといけない、それがいくらかかるとか、そういう話です。聞いていると、一部を修復するだけで、ほんとうにものすごい億単位のお金が動く。歴史の古いお寺は大変なんですよ、ということ。高野山のどこにいっても寄付金を募った箱が置いてあるのがこれでわかりました。行ってみてポスターで知ったんですが、来年は1200年祭だそうで、去年は伊勢参りが流行ったけれど、来年話題になるのはきっと高野山ですよ。それに向けての準備が進んでいるみたいです。
そういうお金の話を延々されて、部屋に戻ると朝食が用意されていました。これまた質素なお膳です。ご飯にお味噌汁、がんもどきの煮たものと、お漬物、市販の海苔・・・って感じかな。旅館でこんなの出されるのは宿泊料からしてありえないですが、宿坊だからってことで。

チェックアウトしてからは、奥の院まで散策しましたが、私の記憶より、どこもかしこもきれいになっています。木立のなかに苔むしたお墓が並んでいるのはイメージ通りですが、舗装された道とかね、つきあたりのいろんな施設、公衆トイレ、みんな新しくてきれい。汚いほうがいいとは思いませんが、ここまでやっちゃうと、ふつうに観光地って感じで、かえってありがたみがない、みたいな・・・私はそんな気がしました。奈良の法隆寺なんかもそうなんですね、ずっと昔はまだ世界遺産になってなかった。そのころは、あんまり人気のない、さびれたお寺、それが風情あったんですが、今は拝観料も高くなって、そのかわりいろんなところに手をかけて新しくして、昔感じていた侘びさびの世界というか、幽玄な古代ロマンというものがなくなってしまった。奈良博物館だって、昔はもっと妖しい感じがしてた。なんでもかんでも新しく、きれいにすればいいってもんじゃないんだなぁと思うんです。もう少し「あまり手のかかってない自然さ」がほしい。

しかし、いろいろとお金にまつわる話を聞いたせいか、お坊さんって何のためにいるのかなぁって。
いやぁ、弘法大師が高野山で即身成仏したのが事実だったとしても、後世、真言宗がこんなふうに伝わるとか、自分自身がこんな観光の目玉に使われるとか、想像してなかったでしょう。キリスト教と教会だっていろいろあるだろうし、どんな宗教でも同じなんでしょうけど、たとえば日本の仏式のお墓とかさ、仏壇。あれ、将来どうするのって思いませんか。少子化で、そんなの後生大事に守っていく人がいなくなるでしょう。人間の活動範囲が広がったのに、対応できてないんですよね。子孫が外国で暮らすことになったり、子供を生まず独身のまま老後を迎えることになったり、先祖供養って言われても、物理的にできないじゃない。葬式やら法事は、死んだ人のためよりも、むしろ故人を偲んで生きている者たちのためにあるものだと思うんですが、そのやり方がね、続いていかない。私にしても子供いないし。甥っ子がいるにしても、自分より先に死ぬ可能性もあれば、遠く離れた土地で彼ら自身の家庭をもつことだってあるだろうし、いついつまでも、物理的に近くにいられるなんてぜんぜん限らないんですよね。私なんか、もう自分の死後、少ない親戚縁者に負担のかかる従来通りの葬式や供養なんて、してもらわなくてもかまわないと思っていますが、そういう人が多くなってきたら、人が亡くなると戒名や法要でお金をもらっているお寺はどうなるんでしょう。淘汰されていきますよね。歴史的に価値のある建造物や美術品は後世に遺すべきだと強く思いますから、それらの番人として、やはりお坊さんは必要、私のなかではそんな印象です。
だって、みんな信心してないじゃない。
なんとなくそうするもんだと思って、葬儀屋の言うとおりにお坊さん呼んでお葬式するけど、それまでお経のひとつも唱えられず、信仰心なんかまったくなかった人が、死んだら突然戒名もらって仏教徒として供養されるとか、宗教的にはふざけた話ですよ。そういうのを疑問に思わず習慣として続けていたけれど、これからの世代はちょっとやってけないんじゃないかなぁと。なんか、高野山に行って、自分や自分の身内の墓やら葬式やらどうしたらいいのかなってリアルに考えちゃいました。
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高野山の宿坊に泊まる
先日、高野山に行き、宿坊に泊まってきました。

近畿に住んでたら、高野山に行く機会ってわりとある気がするんです。学校の行事とか、家族でレジャーとか。
夫は林間学校で行ったような記憶があると言うし、私は家族でドライブがてら行きました。もうどっちも子供のころの古い記憶なので、あんまり鮮明ではないんですが、とにかくお寺とお墓がたくさんある山のなか、という感じ。で、何を思ったか夫が、また高野山に行ってみたいなぁと言い出し、私が、どうせなら宿坊に泊まって精進料理食べようや、と乗り気になり、いろいろ調べてネット予約。簡単ですよ、ホテルに泊まるのと同じ。

昔、高野山に行ったときは父の運転する車で、うねうねとした山道を登っていき、普段は乗り物酔いしない私でも、ちょっと途中で休みたくなったのを憶えてます。あれを繰り返すのは嫌だったんですが、電車でもっと簡単に行けるんですよね。南海高野線に乗って極楽橋で降り、ケーブルカーで高野山駅まで登る。ここから南海りんかんバスまたはタクシーで町まですぐです。乗り継ぎの時間もちゃんと考えられてるし、車で曲がりくねった山道を二時間も登るよりだんぜん楽ですよ。私たちは、ケーブルの高野山駅に着いたあと、タクシーで大門まで行きましたが、千円ちょっとでした。

高野山は細長く狭い町、大門から奥の院まで、頑健な人なら歩いて歩けない距離ではないです。なんなら路線バスもあるので、車がなくてもノープロブレム。ということで、昼前に到着した私たちは、まず大門から歩いて観光を始め、町の真ん中辺りで昼食にし、そのあたりをぶらぶら散策しながら予約を入れてある宿坊を目指すことにしました。お寺が多いので、ひとつひとつは観られないですが、最低これだけはおさえとかないと、というポイントは回りました。気温は大阪の街中よりだいぶ低いです。四月も下旬なのに、まだ桜が散らず満開でした。

世界遺産になったからか、やたら外国人観光客が多い印象です。あちこちがよく整備されていて、こんなにきれいにしてたかなぁと思いました。公衆トイレもウォッシュレットつきでぴかぴか。けっこうゆっくり歩いたけれど、三時過ぎにはチェックインできました。

私たちが泊まったのは、たいていのガイドブックで紹介されているけっこう有名なお寺。あのあたり、お寺はどこでもそうですが、入った瞬間、線香の匂いがきついです。作務衣を着たお坊さんが愛想よく出迎えてくれ、部屋まで案内してくれました。少し肌寒かったんですが、エアコンとこたつをつけて暖めておいてくれていました。部屋自体は古くて隙間風が入ってくるような感じですが、だからこその気遣いでしょうか。こたつのうえに茶菓子とポットなどが置かれ、浴衣に歯ブラシ、タオルも用意してあり、まるで普通の旅館みたいです。ただ、トイレとお風呂は共用です。トイレや洗面所は近年新しくしたような感じで、きれいなんですが、お風呂は古びていました。それでも、一応、シャンプーやソープもおいてあり、ドライヤーもあることはあります。値段を考えたら、普通の旅館のほうがずっと快適に泊まれると思いますが、まあ、文化遺産に泊まらせていただいてるわけで、コンセプトが違います。

お風呂につかってのんびりして、さあ御待ちかねの精進料理ですが・・・ちょっと期待しすぎてたみたい。

おいしさで言うと、どこかの料理屋さんで和定食でも食べていたほうがずっとおいしい。いや、すごくマズイとか少ないとかいうことはないんですが、たぶん、味付けとか煮方の問題だと。本式の精進料理は出汁に鰹節を使わず昆布と椎茸でとる、らしいですから、そういう違いなのかなぁ。全体的に薄味好みの私たちには濃い味付けに思えました。
ちなみに、お膳を運んできてくれた方に聞くと、お坊さんたちの普段の食事はもっともっと質素なものらしいです。普段は肉も魚も食べているけれど、何か行をするとかそういうときに精進料理というか、肉や魚を食べない期間がある、ということのようです。
精進料理、うちの夫はあまり気に入らなかった様子。
私は健康のために、一週間に一度は精進dayにしてもいいと思いますが、やめてくれって。でも、どうせつくるのは私なので、やってみてもいいかも。まー、鰹だしは使いたいからそれはOKってことにして、野菜と豆類だけのなんちゃって精進。

さて、お腹もいっぱいになったけど、まだ七時をまわったところ。ちょっとおみやげでも見て来るか、と外に出ようとしていたら、玄関でお坊さんと会い、もうどこのお店も閉まっていますよ、と言われました。えーっ、そんな。でも、出てみたら、大通りのお店、ほんとに閉まってる。かろうじて一軒だけ、開いているのをみつけましたが、そこも八時には閉めるそう。前にひなびた温泉にいった時も思ったけど、田舎って夜が早すぎ。
暗い夜道を引き返した私たち。でも、一軒だけコンビニが。とりたてて買うものも思いつかないくせに、ちょっと寄って行こうかと足を向けてしまうのが悪い癖。夫と二人で入ったら、そこには思わず目を見張ってしまう光景が!

・・・長くなるのでいったん切ります。
| Fragments | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0)
松柏美術館「上村松園展」
今、大阪に帰ってきてます。
ここのとこ天気もいいので、久しぶりに奈良の法隆寺に行ったりしてみましたが、この時期、奈良や京都はどこも修学旅行生でいっぱいみたいですね。せっかく古都をのんびり散策しようと思っても、がやがやうるさくてうんざりしてしまいました。中学生とかにお寺見せても、あの子達のほとんどが興味ない様子なのに、なんで来るのかわかりません。私自身は修学旅行で伊勢に行ったり蒜山に行ったり、長野にスキーしに行ったりしましたが、海女さんのショーを見たり、自分たちで飯盒炊さんをしてみたり、そのころ関心のない神社仏閣など引き回されるよりよっぽど面白かったし、いい思い出になりましたよ。

で、今日はまた松柏美術館というところに行ってきました。
上村松園という女性日本画家をご存知ですか。だいぶ昔の方なんですが、ここで、特別展 開館20周年記念「上村松園展」〜画道ひとすじ〜、というのをやっているんです。5月11日までです。
私はこの方の絵がすごく好きなんですよ。大学生のころから好きで、展覧会があれば行っていたので、主な作品はもう観てるはずなんですが、今回それ以外に、下絵とかスケッチがたくさん公開されるというんです。まあ、下絵かぁー、と思いつつ、懐かしいし、久しぶりに本物観るか、と行ったんです。そしたら、思いがけず、かなり充実した気分になれました。

スケッチとか下絵も、鉛筆や木炭でなく、すべて墨と筆で描かれているんですが、それが何ていうかとてもいい。色を塗る前の線画なので華やかさというのはないですが、でも、ある意味、完成した作品より表現が細かく、松園先生の描きたいものへの思い、それに向けて磨かれた技術の確かさ、などなど、わーっとこちらに押し寄せてくるような感じなんです。下絵の段階で、それはそれでもう完成された絵、みたいな。
塗りの難しさは、技術もだけど、その時々で入手できる材料、道具などに左右されるところがあると思うんですよね。でも、墨一色で描く線画というのは、そのわかりやすい線だけが表現の手段なので、もう何もごまかすすべがないわけです。それを観て、うわぁ、もうこの時点で完璧な線画を描いておられる、と。
いや、感動しました。下絵があんなに魅力的だとは思ってみなかったので、新たな発見でした。
機会があれば、ぜひぜひご覧になってください。絵を描く人、とくに女性を描く人にとっては「松園先生すごい!」というのがわかってもらえるはずです。今見ても、ぜんぜん古くないんですよ。んー、なんか「絵を描いてみたいなぁー」って気分になりましたね。
| Fragments | 18:45 | comments(0) | trackbacks(0)
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