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生きてます。
ずっとブログの更新をしてなかったのですが、生きてます。
この夏、長らく大阪の夫実家にお世話になってます。

いやー、去年から良くなったり悪くなったりしていためまいが、七月のはじめの台風接近でまた悪化して、これはもう、一度、ちゃんとした「めまい外来」で診てもらおうと、大阪に滞在してたんですね。
めまい外来で有名なその病院はやたら混んでいて、予約を入れて待つのに日にちもかかりました。で、行ったら行ったで、徹底的に調べられました。頭部MRIやら頚椎や背骨のレントゲン撮影、血液検査、聴力検査、平衡感覚を測定するなど、ほんとにいろいろやりました。でも。それだけやっても、原因わからず。したがって、これといって打つ手なし。しいていえば、肩こりや眼精疲労、寝不足、過労などに注意すること・・・どんな病気でも当たり前ですよね。
んー、どこも悪くないってのはいいことなんですが、なんかもう「やっぱりな」って感じで。いつもそう、何かこれという原因があって、それを何とかすればいいって病気にはならない。なんか原因のわからない、それこそ不定愁訴っぽいことになる。もうね、これは自分でしばらくつきあっていくしかないなと。突然ものが食べられなくなったときもそうでしたが、神経のせいだと。自律神経。去年の春に卵巣の手術をしてからなので、それも関係あるかと婦人科にも行ってみました。で、なんか寝汗やほてり感などもでてきてたので、血液検査の結果、更年期障害と認定してもらい、思い切ってホルモン充填療法に踏み切りました。なんとなく怖い印象あったんですが、合わなければやめればいいからって女医さんが軽く言うので、じゃーやってみようと。そしたら、汗やほてりに関しては二週間でおさまり、一ヵ月半たった今では全然問題ありません。肝心のめまいに効くかどうか気になっていたんですが、これは不明。あまり関係ないみたいな気も。まあでも、ホルモン充填療法、今のところ身体に合っているし保険もきいて安価だし、これはこれで骨粗しょう症などを予防できるらしいですから、続けようと思います。

しかし。
この夏は、びっくりするようなニュースばかり。
台風関係もそうでしたが、個人的には、号泣議員騒動、小学生女児監禁事件、佐世保の同級生殺害、小保方氏の上司の自殺・・・びっくりすることがありすぎて、なんだか佐村河内の嘘つき会見がもう可愛く見えてくる感じです。
中でも猟奇的な同級生殺害事件は、高校生の女の子がまさかそんなことまでって感じで衝撃的でした。親のこともいろいろ言われてますが、同じような環境で同じような育てられ方をしたとしても、ほとんどの場合あんなことまではしない子に育つと思いますし、何が彼女をそうさせたのかっていうのは「心の闇」なんていう手垢のついた言葉では語れないものがあるんじゃないでしょうか。
けど、ああいう残酷なことをしでかすにもプロセスがあって、多くの犯罪者が、人に手をかけるまえに、まず猫などの小動物を虐待したり殺しているっていうのは考えさせられます。
いや、共感力っていうのか・・・

うん、たまたまこのまえ城崎マリンワールドに遊びに行って、久しぶりにイルカショーとか見たんです。そしたら、すごくやっぱり可愛いし、頭いいなぁって思うんですよ。それこそうちのオコタンより頭いいんじゃないかって。でも、世の中にはイルカ食べる人もいるわけです。それこそ犬だってすごく頭いいしイルカよりもっと人間に身近だと思うけど、食べる人たちもいるわけです。
可愛いから、頭いいから食べないでっていう気持ちになるのもわかりますが、それなら子豚だって可愛いし、ニワトリの雛だってものすごく可愛い。可愛いで食べる食べないを線引きできない。頭いいのだって、猫は残念ながらイルカほどちゃんと芸を仕込んだりできないようだけど、なら食べてもいいんだっていう話にはならない。
いや、食べる食べないと犯罪は話が違うんですが、知的好奇心でもって解剖するのと、狭いところに閉じ込めて食べるためだけに大きくするのと、どっちが動物にとっての虐待っぽく見えるかってことなら、どっちもどっちかなって。栄養素的に食べないと生きていけないっていう以上に、もはや「食べたいから食べてる」という先進国の現状もあります。あー、でも、そういうところに思いをはせるというか、ごめんね、でも食べたいの、という気持ち、食べられる獲物に対する共感っていうか、憐憫みたいなのを感じられるかどうかは、けっこう大事だと思うんです。ほかの命に対する、なんていうか、感受性。そういうのは大人になるにつれ育っていくものだと思いますが、それがあったら、人を殺して切り刻んだりできないはず。
だけど、その線引きというのは、あいまいだから。
路上をつらなって這うアリの生に思いをはせられる人もいれば、自分以外の命には何の敬意や親しみも感じない人もいる、ということでしょうか。
まあ、これは私の線引きですが、最低限、自分の同胞たる人間の命は尊重しないといけない、それは最低限、特別視しないと駄目だと思います。そうでないと、やはりなにか狂ってる、そう感じます。多くの人は、その最低限に行く前に犬や猫や小鳥などの段階で共感力を発揮して、命を尊重している、ということなんですけれども。
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