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きみの知らないこと
このまえ、私が昔書いた小説を読んで「すごくよかった」と誉めてくれる人がいたんです。十年以上も昔に書いた作品なんだけど、そもそも初めはA氏に読ませてみたんですよ。そしたらA氏が「これはいい!」と、B氏にプリントアウトして紹介し、でもB氏はそういうの興味なかったみたいで長らく放置だったのね。ところが最近同じ職場になったCさんが掃除かなにかで偶然それを見つけて興味をもって読んだと。で、A氏に「すごいよかったですよ、私の今の気持ちっていうか状況に合ってたし」と伝え、その感想が私に回ってきた、と。ちなみにABCはよく知った間柄。
まあ、誉められて嬉しくない人はいないんだけど、何しろ昔書いたものなので、「へえー」という感慨がありますね。

それはリアルな人間関係の話だけど、ウェブ上でも、たまたま私の書いたものがどこかで話題にされてることがあります。トラバとかないし、そんなの私も積極的に探してるわけではないし、ほんとに気紛れでグーグルしてみて発見、とかね、そんな感じなんですけど、まー、ろくでもないこと書かれてるときも多いんですが、えらく高い評価をしてくれてる場合も稀にあって、いや、本当に稀なんですが、これも、「へええー」って感じです。
こんなところで、「本当に読んでくれてる人っているんだなぁ」と不思議な思いがします。アクセスの数っていうのはね、ただそれだけのものでしょ。こういうリアクションというのはちょっと生々しいです。

世の中にはいっぱい人が生きていて、その中の一握りの人が、自分とどんなかたちであれ関わったり出会ったりして、それは例えば自分自身が全然しらなくったって、起こっていることなんだと。そのことが私を、楽しいような、切ないような、嬉しいような、こわいような、複雑な気持ちにさせます。
知らないということは、一種の救いなのか?
それとも、やはり哀しみ?
私はまるで、お話のなかのエコーみたいに、自分の言ったことを心で何度も繰り返すんです。
「どうしてるの」
「どう思ってるの」
「どう思ってたの」
・・・知りようがない、人の気持ち。どこかにそれはある、もしくはあった、時にうつろい、揺らぎながらだとしても。
たしかなことなんか、どこにもないんだと、そんなの知りようがないんだと、そう思っても、その方法がないというだけで、この一瞬一瞬に存在することが、もうすでに「たしかなこと」なんです。

今思っていること。明日には変わるかもしれない。
だけど、今は、今この瞬間、それはたしかな思い。

誰かが私について考えたり、思い出したりしてくれていても、それが何らかのかたちで私に届かないと知りようがないみたいに、私も誰かについて考えたり思い出したりしても、伝えようがないから知らないだろうなと思います。ほんとうは伝えたい。伝えたかった。でも、そのすべがない、なかった。だから、きみは、あなたは、何も知らない。
自分なんか無価値なんだと自嘲する夜があるかもしれない、しょせん人生なんてこんなものと投げやりになる夜があるかもしれない。きみは、あなただけは、いつも幸せに笑っていてね、なんて言えるほど、私だって優しくなれない。
でもね、きみの、あなたの、知らないことがある。
それはたしかなこと。
私のなかに、きみの、あなたの、様々な断片がしまいこまれていて、それが私の人生の一部として、ひっそり息づいている、ということ。
だから、きみは、あなたは、誰からも忘れられた存在には、決してなれない。
私がこうして生きているかぎり。

そのことを、きみは知らない。
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